雨飾山
アーストレック企画の頚城山海の名峰「雨飾山」に登ろう。紅葉の美しい山でも知られている雨飾山、ガイドブックを見る度に登って見たいと思っていました。
10月17日夜も明けぬ薄暗い中、2時50分宇都宮発、長野県小谷村の登山口小谷温泉へと車は出発しました。道路もスイスイで7時25分に駐車場に着きましたが、満車の状態で天気も良く紅葉も見頃で最高の登山日和で、日帰りの出来る山なので夜行で来る人が多く、車だけで私達は遅い組でした。私達は縦走一泊なのです。準備体操をして8時10分頂上を目指して、山田さんを先頭に8名、登山口を出発しました。入り口から木道で歩きやすく両側には、山葡萄の実や、まゆみの実が目を楽しませてくれ、夏の花も咲き終わってしまったので、実の観察をしながら足を進めて行きました。周りには枝沢が何本もあり10月8日の台風の爪跡が生々しく見られ、大雨が降ったら沢が溢れてしまい登れない山だと思いました。禁漁区の川にはヤマメが何匹も気持ち良さそうに泳いでいました。木道が終わると急登のブナ林に入ります。花の終わった可愛い実に沢山出会いました。
登る事1時間40分水場である荒スゲ沢に9時50分に着きました。ここで一休み、ミネラルたっぷりの美味しい水で喉を潤しました。沢からは頂上に向かって登って行く人達のカラフルなザックの色が良く見えました。錦秋の色に化粧をした雨飾山は輝いて見えました。一休みをして登って行くと、「あれ〜菊池さん、山中さん、鷺谷さん」すると浅見さん、椎名さんも別のグループで来ていました。岩場の足元の悪い下山の所ででくわしました。「じゃ〜またね〜」下りる人達も列をなしていました。
頂上は風が強いと言う事で笹平でお昼を食べました。笹平と言うくらいですから見渡す限り一面の笹です。目の前には雨飾山の頂上に立っている人達が良く見えます。風が強いのに山田さんがお湯を沸かしてくれました。中野さんが手作りの焼き鳥をご馳走してくれ、風が吹いて寒い昼食の時間でしたが心が温まりました。昼食を済ませて頂上へと向かいました。笹平からは40分、12時5分に雨飾山頂上(1963m)に着きました。頂上はそんなに広くないので、時間をずらして来て丁度良かったと思いました。風を避けてお昼を食べている人もいました。するとその中に、息子の後輩のお母さんがいたのです。67座登って同じ山で6人も会うなんて初めての事です。それだけに絶好の登山日和だったのですね。嬉しかったです。
記念撮影をして12時20分に頂上を後にしました。右手頂上に石仏が並んでいるので無事に雨飾山荘に辿りつけるように手を合わせました。頂上からは真っ白に雪を被った山も見られ、山もそろそろ終わりかな〜と思いました。笹平の分岐まで下りて来て一休みをしました。薬師尾根を下りること3時間、3時25分に雨飾山荘に着きました。みんなで労いの握手をしありがとう。係りの案内で部屋に入り荷物を整理して、お風呂に入り汗と疲れを流しました。
夕食は板長の心のこもった手料理です。お客様にどんな料理を出したら喜んでもらえるかを、頭に入れながら作っていると言う事です。新潟県糸魚川市の山荘は海が近いので新鮮な魚を主にしていると言う板長の説明で食事が始まり、小屋の6代目ご主人今年最高の満室と挨拶をしました。2度目の風呂に入って休みました。
2日目の朝を迎えました。廊下の方から星が綺麗だよ〜と言う声が聞こえたので、丹前を着て夜明け薄暗い4時20分、外に出てみると満天の星「ワァーきれい〜」宇都宮の空では見られない無数の大きな輝きの星、空を見上げている男性がいたので、あの星は何と言う星ですかと聞くと、オリオン座で向こうに見えるのが北斗七星だよと教えてくれました。そこへ小玉さんが来て「アァ・・」流れ星と、白馬で見た満天の星も綺麗で、菊池さんが人工衛星も見えたよと言ったが、人間の心の底までが透き通って見えるような澄み切った満天の星を見上げていると、山田さんが都忘れの湯(露天風呂)から出て来て「いい湯だよ入ってきたら」と進められ、誰か入っていると聞いたら「誰も入っていないよ」と実は混浴なのです。入ること1時間20分、ぬるめの湯なのでなかなか身体が温まらず、木々の間から見える星を見上げながら入っていたら、5時50分真っ暗だった空が明るくなって来ました。そのくらいゆっくり入れる風呂だから都忘れすると思いました。身体の芯から温まりました。7時の朝食です。昨夜はご主人に料理の敷紙に使った用紙に「雨飾山登頂百名山67山記念」と書いていただきました。達筆で毎晩お客さんのために書いていると言う事です。記念になり、一番のお土産です。なかなか出来ないことです。書いている間、売店の額の中に書かれている句に目を通してみたら「鶴ならすぐに飛んで行けるが、私は亀の身、病弱の身体を薬師の湯で治し貴方の妻になりたい」と恋しい人を慕い湯治に励み静かな谷間で詠んだ明治初期の句が、古い土壁に書いてあったのを改修する時にご主人が、崩れ落ちない様に、はがして額の中に入れたのです。目を通していて目頭があつくなりました。朝食を済ませて8時10分に玄関の前で、ご主人の伊藤さんとみんなで記念撮影をして山荘を後にしました。伊藤さんは妙高の黒沢池ヒュッテの主人植木さんとも山スキーの友達で、山荘の部屋の名前も妙高に関した名が多く見られました。11月に入ると雪が降り始め8メートル位積もり、すっぽりと小屋は雪に埋もれてしまい赤い屋根だけが見えるそうです。ですから小屋を支えている梁や桁はものすごく太く、小屋の回りも鉄の太い柱で支えてありました。
2日目はゆっくり寛ぐのもいいだろうと車は小滝川ヒスイ峡へと向かいました。ヒスイ峡には国の天然記念物に指定されたヒスイの原石も見られ、ジオパークにも登録され、私達も河原で「地球の贈り物」夢の時間を過しました。20分ぐらい散策した後、戻り道で姫川海岸に向かいました。姫川海岸は糸魚川原産のヒスイが打ち寄せる波によって運ばれ、朝散歩中に拾った石が運良く100万円の値が付いたと言う「宝石海岸」で話題になり、当時は夢を拾う人が後を絶たなかったと言う事です。私達も30分程海岸を散歩して、めぼしい石を拾いヒスイ王国会館で鑑定をしてもらいました。王国会館ではヒスイの加工製品が展示販売され、加工実演見学もできます。記念に懐の中に入れて持ち帰ってきました(ヒスイの原石はサンゴ)。
お昼は日本海の幸でも食べようと能生へ行きました。マリンドリーム能生では「蟹祭」が開催されていて、家族連れで混雑をしていました。1000円の食べ放題の整理券は完売で、私達はレストランで海を見ながらお寿司を食べました。美味しかったです。食べた後は、海産物センターで買い物をして12時40分能生を後にしました。途中休憩をしながら、道路の渋滞もなく予定通り、佐野ラーメンを食べて、お腹一杯になり気持ち良く家に帰って来ました。
山田さん、運転手さんお世話になりました。