一日一生(1月号)
「自立と依存を考える」


 

 行方不明のフランスに行った21歳の女子学生。新年、富士山へ登山して、7名が滑落して亡くなりました。よもやそんなことが起きるとは、夢にも思わなかったことでしょう。皆様、昨年の1月15日を覚えていらっしゃいますか?スキーに行こうとした大学生たち、過労のバスの運転手によって、15人が一瞬にして亡くなりました。まさに、here and now(ここ、そして今)の人生と実感をもっております。
 まず今回は、障がい者の立場から、私が最近最も感じていることを書きます。今月号のヒントは、一昨年発売された本、戦争する国の道徳(宮台真司、他2名、幻冬社)の本を読んで日本の自立と依存について、考えました。日本のことについては、後述します。
1 視覚障がい者にとっての自立と依存を考える
 私たち障がい者にとって、大切なことに、自立と社会参加があります。昨年、障がい者差別禁止法が制定されました。その中核に、自立と社会参加があると思います。自立とは、経済的、精神的、物理的、その他、様々な視点から考えられます。今回は、単独での歩行について考えたいと思います。
 私は、39歳で、膝から下の筋肉が細くなるという、難病にかかりました。その結果、ここ10年前から、一人で歩くことが困難になりました。それでも、退職するまでの6年間は、白杖に頼りながら、なんとか歩くことができました。しかし、今では、一人で外出することが難しくなり、同行援護、ガイドヘルパーの支援を受けて外出し、社会参加をすることができるようになりました。
 一口に自立といっても、このように身体の状況が変わることによって、自立への意識も変化することに気づきました。結論を書きますと、自立の秘決は、本人が、いかなる状況においても「自立したい」という、その人の気持ちによるということです。方法は色々あるのです。自らの力で歩きたいということ、盲導犬を利用して自立して社会参加をすること、ガイドヘルパーの支援によること、家族のサポートによること…。それぞれが自分にあった方法で、社会参加することによって、豊かな経験と人との出会いをすることができるのだと痛感しております。
 最近、感じることですが、単独で歩く人が少なくなって来ました。かつては、ガイドヘルパーによるサポートがなかったので、否応無く一人で歩かなければなりませんでした。迷った時には、電車の中、道路、デパートでも自ら援助を依頼しなければ、外出はできませんでした。それでなければ、家族や友人に依頼するしかありませんでした。自立支援法が制定され、移動のためのガイドヘルパー制度が確立し、先にも書いたように単独歩行の困難な私にとっては、本当にありがたいことです。それでも、私の友人の中には、例え迷っても良いから一人で歩きたい!その開放感は何ともいえないよ!と、言う人もおります。それはもちろん素晴らしいことです。
 ところが、懸念されることがひとつ生まれて来ました。それは、単独で社会参加する人たちに対して、ガイドヘルパーを利用する人が、「どうして、ガイドを利用しないの」と、批判めいたことをいう傾向が見られるようになりました。視覚障害者の研修会などに参加すると、60人参加者がいた場合、ヘルパーが20人近くいることが多く見られるようになりました。これは、私たちの権利としておおいに認められることだと思います。私も、時にはガイドヘルパーのお世話になっています。建物の中を一人で移動できる所、我が家から近くの所には、タクシーでワンメーターで行くことができる場所には、一人で出かけます。
 そのような分けで、所によっては、単独、またはヘルパーをお願いしています。東京に行く時などは、本当に安心していくことができます(めったに行くことはありませんが)。
 結論は、人それぞれ状況によって変りますので、お互いに尊重しての社会参加が必要であると感じております。今後、当事者の立場からの自由な選択によっての活動が活発になることを願っております。友人たちだけで、膝をつき合わせての楽しい話も良いものですね。
2 日本は自立しているか?依存ではないか?
 宮台真司さん(東京首都大学教授)は、沖縄の問題を先に書いた本の中で、以下のようなことを強調しています。
 日本政府は、沖縄の人たちが真剣に悩み・苦しんでいることを他人事と考えている。はっきりいうならば、沖縄は、日本の安全保障のためにどうしても必要なのだと決めていると、いうのです。具体的には、アメリカ軍に沖縄に駐屯してもらって、いざという時の安全保障にしたいだけだ!というのです。アメリカにとっては、日本政府から、頼まれているから、沖縄に米軍基地をつくっているだけだというのです。もちろん、アジアで何か大事件があれば、沖縄からすぐにでも飛んで行けるから便利には違いない。さらに、7600億円の思いやり予算がついている。沖縄は住みやすいリゾートであるから、いごこちが良いというのです。
 宮台さんは、さらに続けます。沖縄にある海兵隊では、直ぐに戦う態勢はできていないのです。それができるのは、佐世保市にある海軍だというのです。日本政府は、多額のお金をアメリカに支払って警備してもらっているだけではないか?沖縄の住宅の上を、ものすごい爆音で飛び交う所で生活しないから経済的援助を沖縄にしているのだから、少々不便があっても我慢をしなさい。くらいの感覚でいるのだ…と述べています。
 宮台さんは、日本は、自主独立をしなければ、何年たっても、アメリカにおんぶとだっこをしてもらっていては、自主独立はありえない!というのです。この際、自国は自国で守るという、自立をしなければならない。そうでなければ、アメリカの都合で、他国の戦争にまで出かけて行かなければならないことになると、警鐘を鳴らしています。その代償が、集団的自衛権とやらの、憲法違反、「拡大解釈」です。
 戦後沖縄の女性が暴行されたり、殺害されたのは1万人だというのです。信じられない程の被害です。普天間から辺野古への移設は、日本政府からの提案であります。アメリカの力を借りて移転し、ゆくゆくは自衛隊をそこに移したいのが政府の本音だといいます。日本政府は、アメリカに対しては、異常なまでの気を使い、翁長知事をはじめとする、県民の総意には耳を傾けません。経済的に安定と生活を保障してやれば良いのだ!との一方的な判断なのです。
 蛇足ですが、まだトランプが大統領にもなっていないのに、安倍総理はケネディー駐日大使の止めることも聞かずにアメリカへ飛んで行きました。ロシアのプーチン大統領とは17回も合って、北方領土が二つ返還するような期待を連日マスコミから流しました。全ては徒労に終わりました。プーチン大統領は、かつては、KGB(ソ連の秘密情報局のトップでした)が、簡単に領土を返還するとは思えませんでした。安倍総理は、2島返還が認められたら、衆議院を解散したかったのでしょうね。トランプ大統領に会いに行き、オバマ大統領を不愉快にしたお詫びもあって、ハワイで休暇中のオバマ大統領に会いに行きました。これらは、空振り三振だったと思います。
 私が最近、読んだ本、「人間の記録、浅沼稲次郎」(日本図書センター発行)では、浅沼さんは、3度に渡る、講演をしたということを読みました。浅沼さんは、60年代、社会党の委員長として、中国に行きました。その時にアメリカ帝国主義は反対だ。日本には、自主独立がない。日本と中国こそ手を組んで、アジアの平和のために働くべきだと、中国で演説をしました。帰国後、浅沼委員長は、マッカーサーと激論をしました。「アメリカ帝国主義」という言葉を撤回しなさい。とマッカーサーが机をたたいて怒鳴りました。浅沼さんは、それに対して、「私はアメリカの人たちおよび国をさしていません。日本を占領し、米兵が犯罪をしても、日本には裁判権がない、治外法権では、植民地のままです。それが認められないというのです。と言って撤回しませんでした。浅沼委員長は大胆に語りました。残念なことに、1960年10月12日、日比谷公会堂で、演説中、右翼の青年に壇上で殺害されました。60年の日米安保には、日本全国で反対運動、ゼネストが起こり560万人が参加したとありました。
 今回の結論です。日本が真に自主独立をするというならば、トランプ大統領のいうように、米軍に引き上げてもらわなければなりません。少なくとも、沖縄の基地を明け渡してもらいたいと思います。実態は、いてもいなくても同じだというのですから。他国への侵略をしないことはいうまでもないと思います。近隣の国と友好関係をしっかりともたなければなりません。そのために、日本とアメリカは、対等の立場で、友好条約を結ぶことも必要かと思います。
 その時に、憲法9条を堅持するにしても、自衛隊が憲法違反だという考えのままでは、整合性がなくなりますから、改めての平和憲法が必要ではないか?と、私は思います。自国を守るために、自衛隊を存続する。しかし、他国との戦争には関与しないという、法律を別に定めることが必要ではないかと思います。
 宮台さんは、もはや国と国との戦争はありえない!あるとすれば、テロリスト、ISのような、テロ集団との戦いしかありえないと断言しています。このままでは、すべて拡大解釈で、日本はアメリカと共に戦わざるをえなくなるのではないかと心配しております。
 自立を選ぶか、アメリカにどこまでも依存するのか?私たち日本人が選択をしなければならない時に来ているのではないかと、今回考えました。現在、アメリカと日本が対等の立場で、友人関係にあるとはとても考えられません。個人にとっての自立と依存、日本にとっての自立と依存、これはこれからますます考えなければならない、大切な時期に来ていると思います。
 トランプをめくって不安の年となる(時事川柳より)
 大寒にもなります。立春が待ち遠しいです。次回は、2月15日を目標にします。

☆追記☆
 読者から以下のようなご指摘をいただきました。
 浅沼稲次郎氏が、マッカーサーに怒鳴られたとありますが、これはマッカーサーではなく、自民党の福田赳夫氏の誤り。



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