一日一生(3月号)
「人間の絆」




 
 3月になりました。皆様はどんなことを連想されますか?あれから数えて6年といえば、3月11日の東日本大震災を思い出すことと思います。2011年3月11日、金曜日午後2時46分、昨日のように思い起こします。その後の計画停電、その寒かったこと!もう6年、いいえ、まだ6年かと思います。当時、盛んに聞かれた言葉、それは、絆(きずな)という言葉でした。今回は、人間の絆について、書きたいと思います。
 日本に長くいる、詩人のアーサー・ビナードさんが、最近こんなことを言ったのを、ラジオで聞きました。「あちこちで、福島から来ている子どもたちを、バイ菌なんていって、いじめてるけど、日本全体が放射能に覆われているんだよ。私たちは知らないだけ、忘れたいだけだよ。放射能が、バイ菌を殺しているんだから、バイ菌も放射能にやられているよ。そんなものも迷惑だと言っているよ。それから、東北では復興の槌音が聞かれるというけど、仙台と福島の槌音が違うよ。仙台の方は、新しい道路、新しい家を建てる音。でも、福島の原発の近くの槌音は、除染作業の槌音だよ。」
 私は思わず、なるほどとうなずいてしまいました。人間が、福島の1号機に近づいたら、数十秒で死んでしまうというのです。帰還禁止解除になったと政府が言っても、おいそれと故郷には帰れないのが現実ではないでしょうか?昨年の3月に書いた、希望の牧場には、330頭の牛が、吉沢さんの牧場で、放射能にさらされて、生きていると思います。
 栃木県にも、1万4千トンにおよぶ放射能廃棄物が、未だ野積みされています。それでも、原発を、何が何でも再稼動したいのが日本の政府です。もう一度、起きたらどうなるのでしょうか?私たちは日本を脱出しなければならないのではないかと思います。戦争などしなくても、数発のミサイルが日本の原発に命中して、放射能が飛び散ったら、それで決着がついてしまうのではないかと思います。
 原発は、人間の生活を豊かにするものと同時に、命を奪う限りなく恐ろしい凶器ともなったことを、今回の東日本大震災が教えてくれました。さらに加えて、原発への賠償金は、21兆円と膨らむばかりでとどまるところをしりません。国民全員から税金として支払っているのです。はたまた、電力代としても上乗せされています。
 台湾でも、福島原発を見て、原発をやらないと決めたのです。ドイツ、その他、ヨーロッパのいくつかの国でも、決断しました。日本では、40年どころか60年でも良いのではという、利益中心主義が定着しようとしています。アメリカで何とかもちなおそうとした東芝は、原発に投資しようとして、7千億円の赤字を出し、存続さえあやぶまれています。
 大震災の結果、福島、岩手、宮城の3県を中心に、家族が崩壊し、絆がズタズタ、ボロボロにされてしまいました。大震災の関連死が、津波と地震によって、死者が、関連死を含めると2万5千人に達しようとしています。人間の絆が、ああ無情と私は感じています。
 もちろん、その中でも心温まる話が沢山あることは、聞いております。だから絆、されど絆が大切なのだと思っております。同時に、親子関係、夫婦関係の絆が、貧困や格差のために、もろくも崩れるニュースが毎日、報道されています。そればかりか、人をだましての振り込め詐欺が、年間数百億円です。人が信じられない世の中です。
 先日、私の友人の家に、息子になりすました電話がかかりました。「俺だけど、彼女との間に子供ができてしまったよ。百万円を払わなくちゃならないんだ。おふくろ、何とかならないか?」その人はビックリ仰天しました。しかし、落ち着いて、電話を切って、息子の所に電話をしました。最初の電話では、風邪を引いた、電話を壊したと言って別な電話から、かかってきたものでした。結局、息子さんには無事、電話が通じて振り込め詐欺にかからずに冷や汗をかいたと聞きました。 生活が豊かになっても、人間の絆は、堅いのでしょうか?もろいのでしょうか?本当に難しい時代になりました。
 私の止まりそうもない世迷い言は、ここまでにして、本の世界に入ります。
1 ウイリアム・サマセット・モーム著「人間の絆」
 サマセット・モームは1874年から1965年までのイギリスの作家。91歳の長命でした。代表作に、短編「雨」、その他、「月と六ペンス」。そして、今回ヒントになった「人間の絆」があります。
 私が、モームに出会ったのは、高校3年生の時でした。雨を読んで衝撃を受けました。そして、大学に進学して文学を学ぶ時には、モームを卒論のテーマにして、その「人間の絆」に取り組もうかと思いました。しかし、英文学ではあまりにも有名であり、卒論を書く人が多く、点字の参考書も少ないので、結局、あまりいない、アメリカ南部の作家、アースキン・コールドウェルに決めたという経緯があります。しかし、サマセット・モームに夢中になったのは、紛れもない事実です。皆様にもおすすめです。
 モームは、10歳で孤児となり、叔父夫婦に育てられました。その叔父は牧師でした。そんなこともあってか?モームは、キリスト教に対して、批判的な作品を多く書いています。人間の絆は、1915年の作品です。彼が41歳の作品です。英国では、執筆活動と共に、イギリスの情報局で仕事をしたので、社会や人間の見方を多方面から観察し、人間の心の中にある、内面・本音と建前を鋭く表現していました。
 一例を書きますと、人間の絆の中で、主人公は足が不自由でした。結婚して、当初は順調でした。しかし、激しい言い争いになり、ついに激論に達した時、妻は夫の最も言って欲しくない言葉を投げつけるのです。「あんたの足は、どうしてそんなに悪いの!」こうなると、夫婦関係も、その限界に来ると、終末を迎えます。
 人間の絆とは、強いようであっても、如何にもろいかを私はこの本から学びました。人生も同様です。
2 西加奈子著「i(アイ)」
 主人公アイは、シリアに生まれました。アメリカ人の父親と日本人の母親の所に幼くして養女として迎えられました。絶えず孤独に苦しめられます。「世界に愛は存在しない」という、高校の教師の一言に彼女は青春時代、大人になるまで苦しむのです。
 アイには大きな悩みがありました。自分がどうしてシリアで続く内戦から日本の平和な国に養子として受け入れられたのか?そして、何故、私だけが死から免れているのだろう…?
 アイは、気がついたら、ニュースを聞くと、死んだ人たちの数を毎日ノートに書くようになりました。95年の阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、2005年インドネシア付近での大地震で亡くなった20万人の死者、ネパール、ニュージーランド、東日本大震災で亡くなった人、行方不明者、その他、ありとあらゆるニュースでの死者をメモするようになりました。
 そして、アイは悩むのです、どうして、何故、私がその中にいないで免れて今いきているのだろう?アイにとっては、生きること、存在することざ不思議でたまらなかったのです。その結論は、今回は書かずに皆様に読むことをお勧めします。
 絆とはデリケートであり、必要不可欠なものと教えられました。
3 唯川恵著「一瞬でいい」
 17歳で間もなく高校を卒業しようとする4人の仲良しグループが、卒業を記念して、浅間山へ登山します。雪山の深いところです。その時、激しい風が彼らに襲い掛かります。怪我をした友を助けようとした英次が、滑落して死んでしまうというアクシデントに遭遇します。仲の良かった男2人、女2人、この4人の人生が、それから20年間、思いがけない人生の道に迷い、悩み、苦しむことになります。ほんの一瞬の出来事が人生を変えることがあります。
 人と人との出会いが人生を変えます。それは、生きている私たちみんなにとっても言えることですね。これがまさに「人間の絆」といえるのだと思います。親子の絆、夫婦の絆。家族の絆は大切なものです。しかし、その人間関係が、崩れかけていることを痛感しています。むしろ、共に支え合い、祈り合い、価値観を共有できる友がいることこそ、私にとってはとっても大切な絆になっていると心底感じるこのごろです。
 あの時、あの瞬間での出会いが、一生を決定し、深くて強い絆となった人生、皆様も経験していらっしゃるのではないでしょうか。私にとって、盲学校時代の14年間、そして、大学4年間の出会いが、今なお続く太い絆となっています。
 3月は卒業の季節、別れの季節です。それは、また同時に新たな出発、出会いの時でもあります。人間の絆が生まれる時であって欲しいと願っております。来月、また、お会いしましょう。春爛漫を迎えようとしています。
 「ひさかたの ひかりのどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」 作者 紀友則(きのとものり)
 「石ばしる 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも」 作者 志貴皇子(しきのみこ)



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