第14回 落語への招待「火焔太鼓」




 皆様、こんにちは。お元気ですか?暑中お見舞い申し上げます。22日には、平年より遅く、関東地方では梅雨があけました。7月も間もなく終わりです。暦では、大暑を迎え、夏真っ最中です。水の事故・子どもの悲惨なニュースには心が痛みます。世界でも、イスラエルにおける内戦、ウクライナとロシアでの争いも、1日も早い平和を祈ります。イスラエルではコンクリートで地下室を造って隠れていますが、子どもたちは食べ物と水が欲しいと泣いています。イラク、シリア、世界中のいたるところで争いが止みません。「人間は争いの好きな動物なのでしょうか?」私たちの生活でも、小さな争いがあります。「日本では、敵国が敵ではなくて、戦争を企てようとしている人たちこそ、敵ではないか?」との記事を読みました。同感です。
 さて、今回は久しぶりに落語を紹介いたします。5代目・古今亭志ん生さんの「火焔太鼓」です。落語の好きな方にとっては、大変有名なネタの一つになっております。どうぞお楽しみください。
 この頃は、夜店で古道具を売るような店はありませんが、昔は夜店で古道具をよく売っておりました。道具屋といっても、ピンからキリまでありました。骨董品を売っている店は大変高いものがありますが、道具屋によっては、ゴミのようなものを売っている店もありました。ゴミというのは、つまり、役に立たないようなものを売っていました。こういうところの親父は、売っても売らなくてもいいような顔をしていました。女将さんがハッキリしてまして、親父の方がボーっとしてます。世の中、ついでに生きているような感じですな。お客が来ても、ハッキリしませんな。
 「全くおまえさんはじれったいね。商売だよ。商いだから売らなくちゃ仕事にならないよ。お客が嫌になるようなことばっかり言ってるじゃないか。さっきだって、このタンスは良いもんだね。古いね、と言ってたら、ええ、それは古いですよ。6年もあるんですからっていうじゃないか。6年もこの店にあるというのは、6年間売れないってことを裏書しているようなものじゃないか。このタンスの引出しはなかなかあきませんよ。この前は、あけようとして、腕をくじいた客がいましたよ。なんていうんだから、いやになっちゃうよ。それでいて、売らなくても良いものを売ってるんだよ。去年の暮れに、米屋の旦那が来て、甚平さん、良い火鉢があるねって言ったら、へい良かったらどうぞ、と言って売ってしまったじゃないかい。うちの火鉢を売っちゃったから、寒くて、米屋に暖まりに行くことになったじゃないかい。旦那が、火鉢と甚平さんを一緒に買っちまったじゃないかい。」
 「だけどなあ、今日は俺は儲けものを手に入れてきたぞ。驚くなよ。太鼓を買ってきたぞ。」
 「馬鹿だね、おまえさんは。太鼓なんてのは、祭り時に使うもので、もっと頭を使う人が買うもんだよ。見せてごらん。まあ、ずいぶん汚い太鼓だね。なんで、もっと綺麗な太鼓を買ってこなかったんだよ。」
 「それがおめえは、まだダメなんだよ。古いからちょいと美味く売れることがあるんだよ。」
 「おまえさんは、古いもので売れたことがないよ。このまえは、あ、平清盛の尿瓶というのを買ってきたじゃないかい。それに岩見重太郎のわらじなんてのを買ってきて、とんでもなかったじゃないか。たまには儲けやがれ。」
 「おいサダ公や、この太鼓を外ではたけ。ほこりが出るから、綺麗にしなよ。」
 「いや、ずいぶん汚いね。おじさん、ほこりで、目の前が見えないよ。」
 ドコドンドン、ドコドンドン)
 「おいサダ、叩くんじゃないよ。はたくんだよ。お前のおもちゃに買ってきたんじゃないぞ。」
 「これ今、太鼓を叩いたのは、この店であるか?」
 「へい、サダ、全くろくなことをしやがらねえな。へい、さようでございます。」
 「女将が通行の時に、太鼓を打ったのはそっちだな。」
 「へえ、はたけっていうのに、はたいていたのが、あそこにいる子どもなんですよ。親戚から預かっているんですが、なんせ馬鹿なんですよ。観れば分かるでしょう。ばかめというんですよ。大きななりをしていますが、まだ11なんですよ。」
 「いや、太鼓を打ったのをどうこう言う分けではないのだ。どういう太鼓であるか、女将がもうしておる。お屋敷にその太鼓を持参いたせ。ことによると、お買い上げいたすかも知れんぞ。」
 「はっは、さようでございますか。こいつはうまく叩きやがったな。あれは、親類の子ですが、なかなか利口な子ですよ。良く働くんですよ。もう14になります。」
 「へえ、直ぐに持ってうかがいます。やい、おっかあ、どうだい、太鼓を持参しろと言ってるぞ。」
 「その汚い物をもってってごらん。お籠の中で聞いたんだよ。なんだ!むさいものを持ってきたな。その道具屋帰すな!家来に捕まえられて庭の松の木に縛り付けられるよ。何も食べさせられないで、大きな蟻に刺されて、半死半焼になって帰ってくるんだからね。早く行って、縛られてこい!」
 「何でおめえはろくなことしかいわねえんだ。行くのが嫌になっちゃうじゃないか。」
 「まあ、そんなことはないだろうけどさ。おまえさん、道具屋、いくらになるか?と聞かれたらいくらで買ってきたんだい。」
 「うん、1文だよ」
 「おまえさんは、自分が少し足りない人だと思わなくちゃだめだよ。私は、お金はいりませんからと言って帰って来るんだよ。お前さんは、頭が悪くて血の巡りも悪いんだから、足りない人間だと思わなくちゃだめだよ。行ってきなよ。」
 「全くうるせえかかあだ。何を言うんだ。自分を足りない人間なんて思うやつがいるか。今度はたたき出してやるからな。」 
 「こんちは。」
 「うーん?なんだい、そちは。」
 「へい、道具屋でございます。」
 「おお、道具屋であるか。お知らせがはいっておる。中へ入れ。」
 「へい、なかなか良いお屋敷だね。なんせ古くて汚い太鼓だからね。直ぐに逃げられるようにしていないとね。」
 「あの道具屋でございますが。」 
 「うん、先ほどの道具屋であるか。太鼓を持参したか?」
 「へい、太鼓を持ってきましたが、いけませんか?」
 「何をもうしておる。太鼓を持って来るのが当然ではないか。ここへ上がりなさい。」
 「うーん、最前見たものより時代がついておるな。女将に見せてまいるから、そこに控えておれ。」
 「あの、その太鼓を持って行くのですか?見せないほうが良いと思いますが?」
 「なにをもうしておる。見せない分けにはいかん。」
 「あなたが買ってくだされば良いではありませんか」
 「何をもうしておるか。お見せするから、そこに待っておれ。」
 「あの、これより綺麗にはなりませんよ。ご承知しておいてくださいよ。私が無理に売っておりませんよ。いやでしたら、直ぐに持って帰りますからね。その太鼓は、汚いのと重いのは請合いですよ。重汚いっていいやるてすからね。…いっちまいやがった。ありゃあだめだ(こんなもん、持ってきおってって言われたら、さよならって逃げなくちゃな)
 「ああ、戻って来ましたね。だめでしょう、あの太鼓は。」
 「いやあ、大変、女将は御意にいっておったぞ。お買い上げになるそうだ。いくらくらいで売る気持ちだ?」
 「ええ、どのくらいでしょうかねえ。」
 「その方が売るのではないか?値段を申してみろ。」わしからいうのも何だが、商人とは儲ける時に儲けんと、損をする時もあるからな。女将が御意にいっているものであるからな。いくらぐらいで売るつもりか。手いっぱいに申してみよ。」
 「うーん?手いっぱいと申したら、手を広げておるが、いくらと言っておるのだ?」
 「10万両と言っております。」
 「それは高いではないか。」
 「そりゃあ高いですよ。手いっぱいですからね。そのかわり、あなたが値切ればいくらでも下げますよ。へい、ドンドンまけますからね。今日1日まけましょう。」
 「それでは、拙者がもうすから考えてみてはどうだ。うーん、300両ではどうだ?」
 「300両というのは、どのくらいの量でしょうか?」
 「分からんやつだな、その方は。小判で300枚ということだ。いかがじゃ。300両では売れんか?」
 「へい、うーーん。道具屋泣かなくてもよいではないか。」
 「もちろん売ります。後で、あのことはだめだといってもだめですよ。」
 「良いか、受け取りを書け。そして、判を押せ。」
 「何、持っておらんのか?それではつめ印でよいであろう。」
 「へい、幾つ押しますか?80もあれば良いですか?」
 「何をもうしておる。印はひとつで良いぞ。それでは、50両ずつ渡すぞ。まず50両、100両、泣かなくても良いではないか。…250両、ほら300両だ。」
 「すみませんが、水をください。」
 「これで300両だ。持って行け。」
 「あのう、私どもは、いったん売りましたら、ひきとりませんよ。…これはおじいさんの遺言なんですから。」
 「ちょっとうかがいますが、あの太鼓はどうして300両なんですか?」
 「それは拙者にも分からんが、殿様が申すには、火焔太鼓と申して、世には二つとない名器であるそうだ。国宝に近いものであるそうだ。その方はどこで掘り出した?」
 「へい、へい、どこで掘り出したかなんて簡単には言えませんよ。それではこれで失礼します。」「大切な金子であるぞ。風呂敷を忘れるなよ。」 
 「風呂敷はあなたにあげますよ。」
 「風呂敷なんぞ、わしがもらってどうする。気をつけて帰れよ。」
 「これは夢じゃないかな。ああ、門番?え?どれだけ儲かったかって。大きなお世話です。さいなら。」
 「今帰ってきたよ。」
 「そんなかっこうで帰ってきやがって、おっかけられてきたんだね。ざまあみやがれ、2階の戸棚に隠れていなよ。」
 「何を言ってる。こんちくしょう。俺の言うこと聞いて、小便漏らすで、馬鹿にするなよ。」
 「いいか、これが50両っていうんだ。ええどうだ、驚いたろう!これが100両だ。何をしてんだ。おっかあ!後ろの柱につかまりなよ。ほら150両だ。、あぶない、しっかりしろよ。ほら200両、どうだ、250両だ。」
 「おまえさんは商売が上手だねえ!」
 「何を今頃言っていやがるんだ。ほら、300両だ。」
 「ちょいと、水を一杯おくれよ。」
 「俺にも水を一杯くれよ。」
 「まあ、儲かるね。古いものに限るね。」
 「うん、今度は古いものなら何でもする。」
 「音のするものが良いね。」
 「そうだな、今度は半焼にするか?」
 「半焼はいけないよ、おまえさん。オジャンにならあね。」
 お後がよろしいようです。you tubeで、生の落語をお楽しみください。これを、声に出して読むだけでも楽しくなること、間違いありません。
 次回は、8月9日の予定です。



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