第17回 お祈りメール
読者の皆様で、この言葉を聞いたことがありますか。これは、大学4年生が就職活動をして、面接を受けます。その時に不採用の時に、「今回の面接試験は真に残念ですが、不採用となりました。今後のご活躍をお祈りしています」というメールが面接をした会社から本人の携帯電話に入るそうです。それを若者たちは「お祈りメール」と言っているようです。今回は、大学生の就職活動を中心に、昔と今を書きたいと思います。
私たちが大学生の頃は、1974年のオイルショックの影響を受けて、就職の氷河期と言われていました。現代は、08年のリーマンブラザーズの倒産以来の大不況・デフレのあおりを受けての超氷河期が続いています。今年4年生で大学を卒業した人は、60万人と言われています。その中でも就職の決まっていない学生が7万5千人と聞きます。昨年は8万人、このような年がいったい何年続いているか、10年になるのではないかと思います。ということは、大学を卒業しても、正式採用されない大学卒業生は百万人を超えているのではないかと心配しております。私が大学を卒業した76年の頃は、就職が厳しいと言われていましたが、多くの場合、中小企業を含めて、大体ほとんどの人がどこかの会社には就職していました。80年代に入り、バブルが始まりました。86年の「前川レポート」をピークにバブルは90年までは膨らみ続けました。インターネットで調べて見ると、日本ではインフレ経済の結果、財政も豊かで、最も景気の良い時は、68兆円の黒字をたたき出しており、政府は道路建設・鉄道建設、市民ホールや博物館等のいわゆる「箱物」を建て続けて、建設会社は大変な好景気でした。栃木県でもその頃、ある建設会社が、県内でナンバーワンの収益を上げていた時もありました。「おごれるものは久しからず」ではありませんが、バブルがはじけ、95年頃から、規制緩和という言葉が流行し始めました。バブルがはじけ、デフレの結果、企業はコストカット、リストラに走りました。その結果、契約社員、派遣社員、非正規社員という、今までにあまり聞いたことのない言葉を聞くようになりました。大学を卒業しても、就職の内定をもらえず、自殺する学生も増えて来てしまいました。それは、21世紀になると加速度が増して来ました。特に、小泉総理になってから、規制緩和と自由競争社会が理想であるかのような風潮となり、派遣社会は、若者にとって、自由に仕事を選べる最高の仕事であるとまで言われる時もありました。「フリーター」という言葉がマスメディアで、もてはやされました。この頃には、栃木県内のある派遣業を行っていた会社が、建設会社にとって変わって、収益ナンバーワンと3年間継続しました。法人税を最も多額に納めたということです。
2003年頃から、失業率が2%台から3%台になり、大騒ぎとなりました。失業者の数が、2百万人台から3百万人台へと増えました。現在は失業率は4.1%と報道されていますが、最悪の時は4,7%まで行ったと思います。約4百万人だったかと思います。しかし、これは政府の発表で、実際のところは、今でも7%ではないかと、専門家が言います。失業率は、ハローワークに行っている人が対象で、ハローワークに行かない人は、対象になっていないのです。
この95年からの派遣社員・契約社員、つまり非正規社員の増加は止まるところを知りません。企業では、中国や韓国の企業の追い上げと値下げ競争に勝って生き残るために、非正規社員・派遣社員をドンドンと増やして行きました。その影響をもろに受けたのが大学生でした。とにかく、就職試験を受けることはできますが、企業では、面接試験を受けさせてくれますが、「お祈りメール」の乱発が今日まで続いているのです。
60万人いるといわれる4年生大学生、その中の8万人近い人たちに仕事がないというのは、異常としかいえません。10年前頃から、「エントリーシート」というのを提出しての就職活動となりました。今では百社にエントリーシートを出して面接を受けて、不採用となると、学生たちは、自分の存在その物を否定されたような気持ちになって、何のために生きているのか分からなくなって、うつ的状態になってしまうことが多いと聞いています。規制緩和、自由競争の結果、日本社会の中がギクシャクとして、大学生たちは3年生の夏から、就職活動に走り回り、勉強どころではなくなりました。そこで、学生はもっと勉強をするように、就活は4年生からにしてはどうかと政府も言い始めました。しかし、先に書いたように、非正規社員を生み出したのは、政府と企業に責任があるのです。現在、1410万人の人たちが非正規社員となっており、これは3人に1人とも言われており、格差社会を生み出しているのです。
私にはどうしても、納得のいかないことがあります。それは私の世代、60歳から65歳程度の人たちが、成人式を迎えた時には、250万人もいました。ところが現在は、大学生を含めての若者たちは、120万人前後なのです。今年成人式を受けた人が122万人です。250万人が退職すれば、120万人程度の人は、全て仕事についても良いのではないでしょうか。それができないというのは、海外との価格競争に勝つためのコストダウン・安い給料を払うための派遣社員採用となってしまったのだと思います。有名女子大学でも、そんなに苦労をするのなら、早く結婚をしたいという昔さながらの「永久就職」を、真剣に考えている大学生が多いと聞いております。
先日、聞いた週間現代によると、早稲田大学卒業生の就職率が75%、明治大学の卒業生が76%という、信じられない数字を知って、私は唖然としてしまいました。そればかりではないのです。晴れて就職したのもつかの間、3年以内で仕事をやめてしまう若者も増加しているのです。「ブラック企業」と言われていますが、勤めて2・3年間という時に、彼らの仕事は、営業から始まり、残業の連続です。正社員にはそれだけノルマが厳しく要求されているのです。飲食関係に就職すれば、半年余りで店長となり、自分より10歳も年上の非正規社員の人たちの指導・監督をしなければならず、残業手当はでません。彼らの多くは、ついに疲労困憊して仕事を辞めていく若者が増加しています。
それでは、企業には本当にお金がないのかといいますと、ここ10年で、給料も上げず、中高年リストラを進めて、内部留保金は、大企業では、260兆円を溜め込んでいるのです。中小企業は、大企業からの値下げ支持で苦しんでいますが、優良企業では、外国へ移転し、円高円安でも対応できるようにしているのです。そのような社会情勢の中、大学生たちは、自己否定の苦しみにあえいでいます。安部のミクスが、高い支持率を受けているといいますが、大学生たちには光明を見出すことが難しい、長いトンネルが続いています。
さて、社会学者東京都立大学助教授・宮台真司先生によると、評価が多少異なります。先生によると、「企業は慈善団体ではないので、会社にとって必要な学生は早くから抑えているのです。目的意識のない学生、やる気のない学生、実力のない学生は、エントリーはさせますが、最初から採用する気持ち等全くないのです。彼らは身の丈に合わせた仕事、中小企業であろうと、居酒屋であろうと、仕事のあるところを選別しなければ、仕事はあるのです。問題は、自分の実力、スキル、意識のレベルが低ければ何年経っても見つかりませんね。」との大変厳しい批評をしています。さらに加えて、「日本の教育に問題があります。」と宮台先生は言います。大学入試のために、どれだけのことを記憶しているか、どれだけのことを知っているかを評価するのが日本の大学入試です。これでは、世界の中で生き残ることはできないのですと言っています。これからは、自分で考え、判断する力、つまり、疑う力を養うことこそ必要です。メディアの言うことに対して、どれが真実で、どれがでたらめを見抜く力が必要なのですと、大変示唆に富む話をしています。その良い例として、フランスの高校生が大学受験のための「ばくれあ」という試験の問題です。昨年の文系の問題は、人間は労働で何をえられるか、信仰は理性に反するか、神学と政治の抜粋について論述せよ。以上の中から一つテーマを選んで、4時間以内で論述せよでした。理系の問題では、国家がなければ人はもっと自由か、人は真実を追究する義務があるか?、ルソーのエミールについて論述せよ。以前は、言語は意思の伝達になるか?環境保護と弱者保護について矛盾するかを論述せよ等という問題が出たとのことです。これは世界観、価値観、思考力を追求する力をつけるための問題です。従いまして、宮台先生によると、英語ができれば、外国の企業と同等に競争ができるという発想もナンセンスだと言っています。
ここからは私の考えです。今年から、高等学校の英語教育の指導要領が改訂されて、基本的には、英語の授業は全て英語でやるようにとなっています。私の意見では、そのようなことは、すでに可能な高校では実施しています。問題は、英語がちんぷんかんぷんな生徒を捕まえて、そのような授業をしたら、生徒には拷問となってしまい、ますます英語嫌いの生徒が増えてしまいます。英語ができるかどうかよりも、宮台先生の言われる通り、自分の考えが何であり、自分の引出しの中に、どれだけの知識をもつかであります。英語で会話ができても、話すべき内容と、思考力がなければ、本末転倒になってしまうのです。ちなみに「ちんぷんかんぷん」を英語でいうと、It's Greek to me.となります。Greekとは、ギリシャ語のこと、英語圏ではギリシャ語が「ちんぷんかんぷん」のようです。
日本には、4年生大学が756、短大が434もあるそうです。最近では、大学に行くよりも資格を取る方が就職に近いということで、大学離れの傾向もでてきました。これからは大学も弱肉強食で潰れていく大学も増えていくことでしょう。
最後に意外と思われるデータを紹介いたします。それは教育界でのことですが、契約教員の増加です。全国には55万人の教員がいるといわれていますが、そのうちの7人に1人が、1年単位の常勤講師なのです。児童生徒に接する講師が1年単位で学校を移動する現象は異常だと思います。これは、赤字財政のために、行われているのですが、せめて3年または5年単位での契約で常勤講師として採用して欲しいと思います。もう一つは、教育界でのリストラが進み、図書館での専門となるべき司書が消えつつあることです。「読書は心のオアシス」。以前、文科省の大臣が、読書の大切さを強調していました。しかし、それとは裏腹に司書を削減してしまいました。今や教育は崩壊しつつあると思います。教員の仕事も年々ハードになって来て、全国では5千人の教師がうつ病などで仕事ができない状態です。数年前には、東京都で新規採用された教師が自殺をしたという、実に悲しいニュースを聞きました。助け合い、支えあう社会を目指すこと、それが私からのお祈りメールです。
もみじの人生日記 / トップページへ