第34回 私の読書ノート(3)




 皆様お元気でいらっしゃいますか?今週になって、朝夕は秋の気配を感じるようになりました。ここ宇都宮では最低気温が20℃です。日中は暑くなると思いますが、夜から朝にかけて涼しくなると、安眠できるようになりますね。「秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれるぬ」という、古今和歌集の1つを、この季節になると毎年のように思い出します。せみの声もあまり聞こえませんでしたが、これからは、ツクツクボウシの出番となります。
 さて、今回は政治や経済から離れて、私の読書ノートの第3回目を書かせていただきます。今回は、4冊の本の紹介です。多分すでに読まれた方も多いかと思います。
1 伊藤左千夫(さちお)著、「野菊の墓」
 1906年(明治39年)に書かれた本ですが、何度か映画にもなっているようです。百年経っても男女の純愛は私たちの心をうつのだと思います。
 ところは、現在の千葉県松戸市です。15歳の主人公「斉藤政夫」は、病身の母親と暮らしていました。彼の従兄弟にあたる、17歳の民子が、政夫の母親を助けにしばしば来ていました。二人は、お互いに愛情を深めて行きます。しかし、15歳になった政夫は、家を離れて高等学校へ進学しなければならなくなりました。政夫は、将来、民子と結婚をしたいと思っていました。彼女は二つ年上です。現在ならば女性が年上ということは、なんの問題もありませんが、明治時代は、それさえ結婚を妨げる原因のひとつにもなっていました。政夫が、学校を終えて家に帰って来た時には、民子は、親戚の強い勧めによって、結婚をしていました。そして、それから間もなく病に倒れて若くして民子は亡くなってしまうという話です。17歳や18歳になると、明治時代では結婚適齢期でした。昭和になっても、戦争中は、18前後での女性の結婚は珍しくなかったといいます。「たみちゃんは、野菊のような人だ。静かに、密かにそして優しい人だ」と政夫は言うのでした。民子は、「政夫さんは、竜胆(りんどう)のような人ね」と、言っていました。
 この本は、私が高校生の時に読んだ本です。多少記憶があいまいになっています。しかし、私の心の中には、このようなほのかな愛と悲しさが何時までも心に残っています。日本の文学の美しさではないかと思います。この本について、夏目漱石は、絶賛していたといいます。
2 シュトルム著、「みずうみ」
 これも、私が高校生になって、ラジオで聴き感銘を受けました。その後、点字でも何度となく読んだ短編小説です。
 この作品は、ドイツの作家、シュトルムが1851年に書いた作品です。主人公はラインハルトです。幼い頃から、エリザベータと兄弟と姉妹のように話し、花を摘み、楽しい時を過ごしました。少年時代になって、やがては結婚をしようと約束をしました。ラインハルトは学業のために村を離れなければなりませんでした。休み中には家に帰りましたが、二人の間は次第に遠のいていくのでした。ラインハルトが大学を卒業して、村に帰ると、エリザベータは、彼の友人と結婚をしていました。ある夜、ラインハルトは家の近くにある、湖に行きました。そして彼は、過去の全てを湖の中に捨て去るように、ザブンと飛び込んで泳ぎました。その湖には可憐な睡蓮の花が咲いていました。それはエリザベータではないかと思わせられるような美しい花でした。ラインハルトはそれからどうしたか、物語では書いてありません。話はラインハルトが老人になっていました。彼は生涯独身の生活をして過ごしました。エリザベータは、ラインハルトの住む所とそれほど遠くに住んではいなかったようです。
 私がどうしてこの本に感銘を受けたか、それは、婚約者のエリザベータに対して、恨みもせず、純愛を通したこと、そして、悲しみを湖の中に流したことにありました。愛に傷を受けると、ジェラシーとか恨みとかが残るものです。しかし、ラインハルトは、湖の水の中に、それらを流してしまったのではないかと感じました。ラインハルトにとっては、愛は許しでもあったのでした。そして、今なお、エリザベータへの純愛は変わらないのだと思います。先に書いた「野菊の墓」と、合い通じるものを感じました。最近のストーカー事件等のニュースを聞くと、それは、相手を思う愛ではなくて、エゴイズムから来る愛であることを思います。
3 喜多川泰(やすし)著、「また、必ず会おう」と誰もが言った
 東京に住む本のソムリエと呼ばれる人が推薦したのを聞いて私も昨年読みました。
 主人公「和也」は、熊本県に住む高校生です。夏休みにどうする?と、友人からの質問に、和也は、「俺は、ディズニーランドに1人で行くんだ」と、思わずでまかせを言ってしまいました。時はドンドンと過ぎて行きます。和也はあせりはじめました。いつも、だらだらとした性格の和也、思わずほらを吹いてしまったけど、このままでは、友達から馬鹿にされるばかりだ。そして、ついに和也は1人でディズニーランドに行く一大決心をしました。熊本から東京までの飛行機は何らの問題もありませんでした。ディズニーランドも楽しく1日過ごしました。そして羽田空港についた時、何と、熊本行きの最終便は無情にも、離陸してしまったあとでした。茫然自失、途方に暮れた和也、ここから彼の悪戦苦闘の旅が始まります。空港で肩を落としている和也に声をかけてくれたのが、最後まで仕事をしていた、売店のおばさんでした。「なんだい、飛行機に乗り遅れかい、一晩だけならば、あたしの家に泊めてやるけど、ただでは泊めないよ。」との言葉にすがるように、和也はそのおばさんの世話になります。アパートに1人暮らしをしていたおばさんから夕食をご馳走になりますが、風呂洗い、食事の後片付け、部屋の掃除、人の家に世話になるのにはただではすまないことを、おばさんから教え込まれます。これから先の、和也の冒険については、皆様にも是非一度読んでいただきたいと思います。どうしてこの本が「また必ず会おうねと誰もが言った」の意味が分かることと思います。また、人が自立するためには、何が必要かを教えてくれる本だと感じました。
4 佐野洋子著、エッセイ「がんばりません」
 佐野さんは、1938年から2010年の絵本作家、詩人、その他様々な経歴をもっております。代表的な作品に「100万回生きたねこ」があります。このエッセイは、まるで落語を読んでいるような気持ちでしばしば声に出して笑い出してしまいます。原本では300ページありますが、短い話がギュッと詰め込まれています。
 佐野さんは、昭和13年、中国で生まれ、家族と命からがら日本に戻って来ます。少女期から50歳頃までの経験を赤裸々に書いたエッセイです。3年前に亡くなりましたが、私より13歳年上ですから、健在ならば今年75歳です。戦争中、戦後の貧しい体験などを含めて、ユーモアに溢れた話が盛り沢山です。その中のちょっといくつかを紹介します。
 彼女は武蔵野美術大学に進学します。1958年(昭和33年)頃の話です。夢に見たボーイフレンドと、玉川の土手で、あこがれていたキスをしようとします。「キス」ってなんだろう、さぞかし楽しいのだろう!と、佐野さんは夢想していたのでした。彼女は大学2年生、二十歳になっていました。いざその時、突然佐野さん、おかしくなってゲラゲラト笑い出して止まらなくなってしまったのです。ボーイフレンドは、きょとんとして、その場を離れていきました。本をかたっぱしから読んでいた佐野さん、でも、キスをする時に、おかしくて、おかしくてたまらなかったのでした。そういう人ばかりではなかったかと思いますが、そのような時代背景があったのも事実でした。結婚まではお互いに貞操を守るのよ、とは、1970年頃までは、学校では道徳の時間に教えられていました。
 また佐野さんのエッセイの中に 「恥ずかしいこと」というタイトルのエッセイがあります。人間誰でも恥ずかしい経験をするもの、しかし、それを赤裸々に伝えるかどうかは、本人次第だと思います。佐野さんの場合、恥ずかしいことをすごく詳しく書いているように思えました。だから笑ってしまうのです。前置きで「恥ずかしいからいわない」と書いておきながら「例えば…」と続けているあたりも笑ってしまいます。佐野さんは昔、妊娠中なのにミニスカートをはいていて、自分の服から岩田帯が2メートルも出ている事に気づかずに、引きずって歩いていたことがあったのだそうです。周りの人がなぜ自分をみてニヤニヤしているのかが分かったと書いてありました。他にも笑えるエピソードや本当にこんなことよく書けるな!と思える内容盛りだくさんです。是非、機会がありましたら佐野洋子さんのエッセイを読んでみてください。ただし…内科などの静かな待合室では読まぬよう…笑いが堪えきれない時に辛いですよ(笑)。
 それ以上のことは夢が破れるので書かないことにいたします。
 今回は、タイプの異なる本を4冊選んでみました。いよいよ9月になります。「読書の秋」と言われます。秋の夜長、草むらで奏でる虫たちのコーラスを聴きながら読書をするのも楽しいものです。皆様の感動した本の紹介を同窓会のホームページにもお知らせください。「読書は心のオアシス」です。
 付録、8月26日の朝日新聞「天声人語」に、こんな話が載っていました。コーヒーは、江戸時代にオランダから日本に伝わりました。最近のアメリカの調査によると、1日4杯以上コーヒーを飲むと健康に良くないというのです。待てよ!日本の厚労省では、1日6杯までならば、コーヒーは肝臓に良いというのです。これっていったいどっちが正しいの?北欧の王様が、犯罪者にコーヒーと紅茶、どちらが毒かを試そうとして、二人の人に飲ませ続けました。二人とも元気だったそうです。それよりも早く、王様が亡くなってしまったとのことです。「がんばりません」が健康の秘訣かもしれませんね。
 



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