第39回 落語への招待(その2)
佐々木政談
江戸時代、嘉永年間の時、南町奉行、佐々木信濃守(ささきしなののかみ)という優れた奉行がいました。今で言いますと、奉行とは、警視総監、与力とは警察の所長ぐらいになるかと思われます。江戸の八丁堀に住んでいたので、八丁堀の旦那方と言われておりました。巻羽織に雪駄履きの姿を見ると、江戸の人たちは震え上がったと言われるほどの権力があったそうです。ところがその頃、政治が乱れて袖の下、いわゆる賄賂が横行して奉行の中には、金を受け取っての裁判が、大変いい加減な時がありました。
その頃、江戸は、南町奉行所に、佐々木信濃守という方がおりました。奉行は正面切って、「お前たちは、賄賂を取り過ぎている。そのような悪弊は即刻、やめなさい」とも、なかなか言えません。そこで、佐々木信濃守は、非番の時に、いろいろ姿を変えて、お忍びで市中を歩いて周りました。これはその時の話です。田舎侍になって、小紋の短い羽織を着て、お伴を1人連れて出かけます。数寄屋橋あたりを歩いておりますと、子どもたちが、手習いの帰りかと思いますが、二人の子どもを縄で縛り付けて、1人の子どもが下手人を引き立てるような格好をしています。信濃守は、何をするのだろうと、様子を見ておりました。やがて、材木の積んである所に来ると、縄で縛られた二人の子どもが座らせられます。そこへ、奉行になりきった子どもが出てくるのです。すっかり奉行になりきった子どもが言います。「両人のもの、頭を上げよ。そのものども、往来で喧嘩をしたとのこと、ことのなりゆきを有体に申してみよ。かく申す、南町奉行、信濃守、承るぞ。」これを聞いていた本物の南町奉行、お伴のものとビックリ!やめさせようかという、お伴を抑えて、さらに様子をみていました。棒を持った子どもが出てきて、本物の信濃守とお伴のものまで、道の外れに追い払われてしまいます。「いかがいたした。」と、子どもの奉行。「へい、あたしとここにいる、かっちゃんとの話ですが、あたしは町内では物知りと言われています。すると、このかっちゃんが、1から10までに「つ」というのが、あるかないかと申します。あたしはそんなものはないと言いましたら、かっちゃんが、いきなり、あたしを殴ったんで、それがもとで喧嘩になったんです。どうぞ、お裁きをよろしくお願いいたします。」、「これかっちゃんとやら、1から10までに、「つ」があるかどうか尋ねたか?」、「へい、何でも知ってる、知ってるというから、聞いてやったんです。「つ」があるかどうかなんて分からねえと言うんで、それで、ひっぱたいてやりました。どうぞお裁きをよろしくお願いいたします。」、「そのような些細なことなどを、信濃守に裁いてもらうなんて、不届きなものどもだ。この度は許すことにするが、以後はあいならぬ。良いか、縄を解いてやれ。」
そこでかっちゃんが奉行にさらに聞きます。「ところで、御奉行様、1から10までに「つ」は、あるのでしょうか?それともないのでしょうか?」。すると、子どもの奉行は「何、わしに聞くのか。1から10まで、「つ」は確かにあるぞ。」、「お奉行様本当ですか?言って見てください。」、「良いか。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ、とおである。」、「いつつには、「つ」が2つあるから、五つが、十から「つ」を盗んでいるのでおる。これを十につければ、つが全て続いておる。このような往来で、このようなことで喧嘩なぞしてはならぬぞ。」
そのような風景を目の当たりにした、佐々木信濃守は、子どもの賢さに驚いてしまいました。その後、紆余曲折があって、奉行が子どもの家に出向いてみると、「高田屋綱五郎」という桶屋の息子であることが分かりました。子どもは13歳で、「白吉」といいます。やがて父親、大家さんたちが奉行所に呼び出されます。白吉は何のちゅうちょもなく、奉行所に出向いていきます。そこからのやり取りが面白くなります。今で言う待合所に控えていると、呼び出しがかかりました。大抵の裁きは、吟味与力がしていたといわれます。いつものように、吟味与力かと思っていると、佐々木信濃守奉行がお出ましになります。一同、白吉の首がはねられるのではないかとビクビクしますが、白吉は、全く物怖じしません。
佐々木奉行、「しからばわしが訊ねたいことがあるが、白吉は、何でも答えられるか?」、「へい、こんな下の方にいたのでは答えられません。奉行様と並んでならば答えられますよ。」
子どもはつかつかと上にあがります。「夜になると、星が沢山出てくるが、この奉行に幾つあるか教えてくれ」。白吉、「じゃ、あたしから奉行様にうかがいますが、ここにある、砂利の数は幾つありますか。」、「海の砂数など手にとって分かるものではあるまい。」、「お奉行様の言われる通り、手にとっても分からないものですから、まして、天にある星など分かるはずなどございません。手に届きませんからね」です。「それでは、白吉、その方、天に昇って星の数を数えて来られるか?」、「へい、そんなことは訳もないことです。すぐに参りますが、宿屋へ行って来ますので、星の数を数えることのできる案内人を連れてきてください。」、「うーん、なかなか妙なことを言うもんだ。」、「へい、これが頓知頓才というもんです。」
そのうちに、奉行の命令で饅頭を山ほどご馳走になります。白吉は、こんな美味い饅頭を滅多に食べられないと、むしゃむしゃと食べ始めます。そして、「饅頭はおっかさんが、たまにお土産に買って来てくれるぐらいです。」、「ほう、おっかさんが、饅頭をお土産にくれるか、それでは親父さんは何を土産にくれるか?」、「へい、おとっつぁんは、土産は何もありません。くれるのは小言ばかりです。」、「それでは、奉行から白吉に訊ねる。饅頭をくれるおっかさんと、小言をくれるおとっつぁんのどちらの方が良いと思うか?」白吉は、いきなり持っていた饅頭を二つに割って「お奉行様、この二つに割った饅頭のどちらが美味しいと思いますか」と、聞きます。
奉行は、白吉の頓知にとても感心します。「それでは白吉に訊ねるぞ、与力とはどんな仕事をするものと思うか?」、「へい、これです。」と言って、おもちゃの達磨をふところから出します。足が付いているので、どこに投げても立ち上がります。「うーん、これは起き上がりこぼしという達磨じゃな。これが与力と言うか?」、「へい、与力は、お上のいうままに、お上様の御威勢を傘に、やりたい放題のことをしてます」、「左様か、それでは、与力の心とは何だと思うか」、「へい」、白吉は紙を出して、天保銭という小銭を包みます。「へい、これでございます。与力の心は銭のある方に転がって行きます。」与力が驚いたの何の。真っ赤になったり、青筋をたてたり。「へい、今のは嘘で冗談です。」
「それでは、白吉、あそこに仙人の絵があるが、何と言っているか聞いて参れ」、「へい、奉行は馬鹿だと言ってます」、「何だと、わしが馬鹿だというか。どうしてか聞いて参れ。」、「へい、聞いて参りました。」、「何と言っていた?」、「あの、絵に書いてあるものがしゃべる訳がないのに、聞いて来いとは、信濃守は馬鹿だと言っています。あたしではないのです。絵が言っているんですからね。」、「綱五郎、その方は立派な息子を持ったものだ。15歳までは学業に励みなさい。15歳になったら、白吉を近侍として取り立てることにする。」
これがこの落語の落ちとなります。町人が侍になることなど、普通はありえないのですが、このような話で、南町奉行、佐々木信濃守が町人を取り立てたという利発な子どもをネタにした一席です。落語は、これでおしまいなのですが、実はこの話には続きがあります。
今から7年前のこと、私の義理の叔母の一周忌の時に、宇都宮市にあるお寺で法事がありました。浄土真宗のお寺でした。私達、家族は遅れないようにと、30分程早めに寺に行きました。すると、寺の中から、木魚の音と住職の声が聞こえてきました。私たちは、てっきり遅れてしまったと思って、本堂の中に入りました。しばらくして住職の念仏が終わり、法話が始まりました。その中に、「ある殿様が、下臣たちを前にして、お前たちに訊ねるが、父親と母親のどっちが偉いと思うか」と聞いたそうです。すると、下臣の一人が、目の前にある饅頭を手にとって二つに割って言いました。「殿様、この饅頭のどっちが美味しいでしょうか?」殿様はその下臣の賢さを大変ほめました。そして住職は、「皆さんのお父さん、お母さんがいたからこそ、皆さんのような家族があるのです。ですから、今は亡きお母様のことをいつまでも心に留めて、人生を送ってください。」といった例話でした。私は義理の叔母の法事の話かと思って聞いていました。ところが、終わってみると、雰囲気が違うのです。私たちの知っている人は誰もいませんでした。つまり、法事が二つあって、私たちはフライングで、一つ前の法事に参加していたのでした。そこに列席していた人たちが帰ると叔母の身内の人たちが入って来ました。私達夫婦は、驚いてしまいました。しかし、まあいいか、有難い法話を二つ聞くことができるのだから…と思って、気持ちを取り直して義理の叔母のための念仏と法話を聞くことにしました。ところが、本番の法事での法話をどうしても思い出すことができません。私は前回と同じ例話を話すことだろうと思っていました。ところが法話の中味が違っていたことは覚えていますが、どんな内容であったか思い出すことができません。この浄土真宗の住職も大変落語が好きだったのかと思います。住職や牧師の中には落語の好きな人は結構多いと聞いております。寄席に足を運び、話し方や間の取り方を勉強するそうです。そして、その落語の中で使えそうな話があると、法話や説教の中で話をしていると聞いています。
学校の先生たちも落語を聞くと、話し方については教えられることが沢山あると思います。この佐々木政談は、インターネット you tubeの落語の中の、6代目、三遊亭円生さんを参考にいたしました。日々の生活で疲れた時には、you tubeの落語をみなさんもお楽しみください。お後がよろしいようで、失礼いたします。
次回は、11月16日の予定です。
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