初志貫徹10月号
「ニュースに一言」
皆様、お元気ですか?今年も残すところ3ヶ月となりました。セミの声もいつしか聞こえなくなり、虫の声がにぎやかです。木の上の方でないている虫、どちらかと言えば騒音に聞こえませんか?あれは、中国からやって来た、アオマツムシというのだと聞きました。そのために、草むらで、すざくコオロギや鈴虫たちのひそやかで、哀愁をおびた声がかき消されそうです。9月から10月にかけて、台風が来襲し、大きな被害が各地でおきました。沖縄・九州、東北地方、北海道とたてつづけにやってきました。9月で晴れの日は三日間しかなかったと聞きます。確かに晴れた日の少ない気がします。
1 リオオリンピックについて
8月から9月にかけて、リオデジャネイロでは、オリンピック、パラリンピックが行われました。連日、メダルの獲得について、集中豪雨のようなニュースが続きました。2020年の東京オリンピックを意識してのことかと思いますが、12時間の時差のために、直接聞くことができたのもありますが、多くの競技は録音・録画ではなかったかと思います。そのために、同じ放送を、1日3回・4回と聞かされると…という気持ちになったのは私だけでしょうか?
オリンピックでは、41個のメダルをとったことは素晴らしいことです。特に、前回絶滅に近かった、お家芸といわれていた柔道が復活したことは嬉しく感じました。水泳での活躍、体操、400メートル陸上での活躍は感動的でした。今回、その中で私は二つのことを書きたいと思います。
銀メダルの吉田沙保里さん。3回のオリンピックで金メダル、今回も金メダルを目指していた吉田沙保里さん、惜しくも銀メダルでしたが、私は大変感動しました。大会前に、沙保里さんが、NHKラジオで、もちろん金メダルを目指しますと、明言していました。戦うからには、勝つことです。と言っていました。
そして、決勝戦で敗れた沙保里さん、涙を流して悔しそうでした。金メダル以外はメダルではないと思ったのかも知れません。沙保里さんは、2年前にお父さんを亡くし、今回も、なんとしても金メダルをとってやりたいと思ったのでしょう。しかし、残念ながらタックルで攻めきれずに負けてしまいました。さぞかし悔しいことだろうと、私も思いました。しかし、感動したのはその後でした。沙保里さんのお母さんが次のように言いました。
「沙保里は我が家の誇りです。家には、金メダルは3つありますが、銀メダルはありません。沙保里の獲った銀メダルは、これまでの金メダルよりも遥かに素晴らしいのです」と、自信をもって話していました。
33歳になる沙保里さん、これからも選手生活と共に後進の指導にあたることと思いますが、その生き方、朝から晩までのトレーニングに敬服します。
伊調馨さんは、4回連続の金メダルでした。今までは、マスコミを避けて、沙保里さんとは対照的に控えめにしていました。「これからは、できるだけマスコミにも出て、レスリングのことを一人でも多くの人に知ってほしいです」と、語っていました。
柔道・レスリングは、ルールが変り、年々日本には不利なような気がします。しかし、4年後に向けて頑張って欲しいと思います。
2つ目、これは直接オリンピックのことではないのですが、オリンピック終了後、選手たちは、飛行機に乗って帰国します。ところが、メダルを獲った人とそうでない人との間には歴然とした格差が生じるのです。吉田沙保里さんが言っていました。飛行機を降りる時、メダルを獲った人たちから順番に降りるというのです。金メダル、銀メダル、銅メダルの順番におります。そして、メダルを獲れなかった人たちは、長い時間飛行機の中で待たされるそうです。理由は、記者会見があるので、メダルを獲得した人たちが優先されるのです。
今回も、メダルを獲得したのは41個でした。200人以上の人たちは、残念ながらメダルに手が届きませんでした。私はその人たちへの何ともいえない複雑な気持ちで、手放しで喜ぶことができませんでした。それぞれがベストを尽くしたはずです。サッカー、女子バレーボール、マラソン、そういう人たちも、人生をかけて日々練習に励みました。残念ながらメダルには及びませんでしたが、立派な人生、立派な青春だと思います。
今年から、金メダルは500万円、銀メダルは400万円、銅メダルは300万円がもらえると聞いています。参加者全員にも100万円程度やってはどうかと思わずにはいられませんでした。
2 築地市場から豊洲市場への移転について
都知事が、小池百合子さんに代わり、大きな変化が起きました。東京オリンピックの予算が、3兆円と巨額になりました。当初は7千億円程度と聞いています。
次に、以前から問題になっていたのですが、築地から豊洲への移転ありきで、すでに決められたかのようになっていました。しかし、小池さんが知事になって、是々非々、透明化を宣言してから事情がかわりました。豊洲は、そもそも海を埋立てた所です。その下には、何があるか分かりません。盛り土を入れて、地盤をしっかりするようにとの審議がなされました。それがいつのまにか?空洞にして、コンクリートで固めれば良いことになってしまいました。今回、調査すると、ベンゼン・砒素という、生命をおびやかすような成分が出てきました。人体には何の影響がないといいますが、はたしてそうなのでしょうか?
さらに加えて、当時の石原都知事を始め、誰が決定したか記憶にない、分からないの連発です。このニュースを皆様はどのように感じますか?私は、次のように思います。
どこの会社でも、もちろん、公務員のいるところでは、何かを実行する時には会議を開き、最終的には、監督者の印鑑を押すことになっております。学校で言うならば、教務主任、教頭、校長の承認がなければ、出張はもちろんのこと、行事に関しても、実施計画、報告が記録によって確認されなければなりません。今回の、築地から豊洲への移転についても、関係監督者、課長補佐・課長・部長補佐・部長、局長、そして副知事、都知事の承認印がなければできません。それらの会議録が、処分されない限りは残されてあるはずなのです。
それではどうして分からないというのか?「空気としか言いようがない」というではありませんか?田原総一郎さんは、太平洋戦争も、当時の空気としか言いようがないなどというようになりました。言い逃れをしたい時には「空気」と言えばよいとでもいうのでしょうか?
私の結論は、都庁の中でのかばい合いだということです。うっかり、責任者の名前を言うならば、リベンジが恐ろしいのです。ですから、空気のせいにして、この急場を凌ごうとしているのだと思います。責任逃れもはなはだしいのです。
福島の原発もそうでした。「想定外」という言葉によって解決しようとしています。ここで、立派な人の証言をもう一度書きます。
1970年、沖縄がアメリカから日本に返還されました。毎日新聞の記者が、実際、アメリカと裏取引があったと報道しました。政府はもちろん否定しました。毎日新聞の記者も、不当な方法で守秘義務を犯したということで逮捕されました。後になって、無罪となりました。数年前のことです。当時、外務省の局長をしていた人が、90歳を超えていたと思いますが、「私は死ぬ前に真実を述べて死んでいきたい。それは、沖縄返還の時に、日本政府はアメリカに、多額のお金を支払ったということです。これが真実です。誰が否定しても、虚偽を虚偽のままこの世を去ることは、私にはできません。」と言って、間もなく亡くなりました。この音声を聞いて、私は電撃に打たれた思いを禁じえませんでした。
私たちには、その時、その時に応じての勇気が必要だと思うのです。そういう意味では、小池知事には、伏魔殿とやらの、都庁のドアを開いて、都民はもちろん、国民にも明らかにして欲しいと期待しています。
3 国会質疑応答の中で
衆議院補正予算委員会で、私が興味を引いたことがありました。それは、辻元議員と稲田防衛大臣のやり取りでした。
辻元議員、「稲田大臣、あなたは、5年前の雑誌で、日本も核武装をして自国を防衛しなければならないと書きましたね。ここにその資料がありますが、撤回してはどうですか?」
稲田防衛大臣、「その時は、私の個人的な思いを書いた時のことです。現在は、防衛大臣として、非核三原則を守って、国の安全と平和のために、全力をつくす所存でおります。」
辻元議員、「それでは、核武装の件について、ここで、はっきりと撤回すると言ってください。」応答が数回続きました。
しかし、稲田防衛大臣は、撤回するとは言わずに、非核三原則を遵守するとだけ繰り返しただけでした。日本人の文化でしょうか?立場が変ると発言もころころとかわるのですね。
もう一つは、辻元議員が、スーダンのPKOについて、自衛隊が現在何人派遣されているか?そして、自衛隊員の医務官が何人いるかとの質問がありました。回答は、350人の自衛隊員が派遣されているとのこと。問題は、医務官が3人しかいないということ、しかも、ライフル銃等で銃撃された時の手術をすることができないというのです。その準備教育は、来年度からするというのです。
集団的自衛権の法律が昨年通っても、現地では、かけつけをしても、手術ができないというのです。法律がまさに、一人歩き、先走りしてしまっていることが分かりました。
辻元議員が、万が一、自衛隊の一人の命が奪われたら、総理は辞任の覚悟がありますか?との質問に、安倍総理は、「もちろん総理としての責任は問われます」と、答えたものの、辞任するとは言いませんでした。自衛隊員には、厳しい守秘義務が言われているので、自衛隊の家族が集団的自衛権の反対を訴え続けています。
このように国会の議論を聞かないと、私たちは分からないままに、政府の一方的な方向へ進められることが心配です。
ホームページを読んでくださる皆様、ありがとうございます。お蔭様で、先月アクセスが2万件を突破しました。私自身、書くことによって、心の整理と日々の生活の中でニュースに強い興味をもつようになりました。今年も後2回、文字通り初志貫徹を目指して書きたいと思います。ご健康をお祈りいたします。
カラス鳴く 俺の寿命を 知ってるか(友人・船山さんの川柳より)
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